最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)1012号 判決 1970年2月24日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由について。
原判決の認定したところによれば、訴外市田道太郎は、昭和二九年二月二六日その所有する第一審判決添付の別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)につき、訴外日本柔道衣生産販売協同組合が訴外江商株式会社に対して負担する債務の担保のため根抵当権を設定し、同日その旨の登記を了したこと、上告人は、右組合の代表者で昭和三五年一二月以前から右江商と前記組合債務およびこれを担保する右根抵当権などの解決の交渉にあたつていたが、同月二〇日頃、五〇万円を支払えば、江商は、少なくとも右根抵当権の放棄に同意する話合いが成立したこと、その後上告人から右五〇万円を都合するよう連絡された市田は、訴外森下憲三とともに借主となつて同月二〇日被上告人から右の支払のために五〇万円の貸与を受けたこと、江商は、同月二三日上告人および市田から五〇万円の支払を受け、上告人および市田に対し前記根抵当権を解除(放棄)する旨の意思表示をし、右根抵当権は消滅したこと、ところが、その登記のされないうちに、上告人は方針をかえ、右根抵当権の譲渡を受けるべく江商と再び交渉した結果、昭和三六年五月一日江商は、前記組合に対する債権中八〇〇万円と前記根抵当権とを上告人に譲渡することを承諾し、市田もこれを承諾し、同月三一日その旨の付記登記がされたこと、市田と森下は、それに先だつ同月六日本件土地についての紛争解決などの資金として被上告人からさらに四〇万円を借り受け、先の五〇万円とあわせて九〇万円の債務担保のため本件土地を被上告人に譲渡担保として譲渡することを約したこと、一方、市田、森下は、上告人に右事情を伝え話し合つた結果、同月九日上告人は、市田、森下に対し、譲り受けた本件土地に対する根抵当権を解除(放棄)する旨約し、これにより、被上告人は、右五月九日以降右土地につき根抵当権の負担なき抵当権を取得したものであること、ところが、上告人は、本件土地につき、被上告人のために右譲渡担保契約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記がされることを了承しながら、同年五月二二日森下、市田と三者で、同月九日の前記根抵当権解除の合意を解除する旨約したというのである。この事実は、挙示する証拠関係および説示に徴し、首肯することができる。
そこで、案ずるに、被上告人は、上告人が代表者である訴外組合と訴外江商との紛争解決などのために市田らに合計九〇万円を融資し、その債務担保のため、本件土地につき市田から譲渡担保権の設定を受け、一方、上告人は、右のような事情から右担保権を取得した被上告人のために、その権利行使の障害となる根抵当権を自ら放棄したものであるなど前記認定の事実関係のもとにおいては、上告人は、その後市田、森下との間で右放棄を合意解約(実質的には、消滅した根抵当権を復活させる合意というべきである。)することにより、根抵当権の負担のない担保権を取得するに至つた被上告人の権利を害することは、右合意解約が正当に基づくなど特段の事情のないかぎり、許されない立場にあるものというべく、このような立場にある上告人は、右特段の事情の主張立証のない本件においては、被上告人が右担保権の取得につき登記を有しないことを理由に右合意解約を主張することは著しく信義に反するものというべきであつて、上告人は、被上告人の右担保権の取得につき登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する第三者にあたらないのものと解するのが相当であり、これと同趣旨の原審の判断は正当である。また、上告人は、被上告人の担保権の取得が詐害行為として取り消されるべく無効である旨主張するが、詐害行為取消権の行使は、訴の方法によるべきであつて、抗弁の方法によることは許されないこと、当裁判所の判例とするところであり(最高裁判所昭和三八年(オ)第六八〇号同三九年六月一二日第二小法廷判決、民集一八巻五号七六四頁参照)、さらに、この主張に関連し、本件土地の移転を無効とする約定も認められない旨の原審の判断も、その説示に徴し、首肯することができる。その余の所論は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の採否、事実の認定を非難するか、または、原審の認定しない事実の存在することを前提として、原判決の違法をいうか、あるいは、原判決を正解しないでその違法をいうにすぎず、論旨はすべて採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美 裁判官 関根小郷)